ゴト師

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ゴト師

盛り場の淀(よど)むネオンが眠るころ、朝日を遮る、ビルの狭間(はざま)に、古びたアパートの窓が、軋みをたてて開いた。 わずかにひらいた隙間から、初夏の風が、その部屋へ入り込んだ。 一人暮らしの山岸学(やまぎし まなぶ)は料理も得意だが大食漢で、この頃、下腹が出てきた。 三十四才に成ると色気より食い気である。 いつものように、みそ汁を作っていると突然電話のベルが、激しく鳴った。 手に持つふたを、放り出すように鍋へ戻した、はすに閉じた隙間から、湯気がのぼった。 (誰だよ、こんなに朝はやく・・・)と独り言をつぶやき受話器を取った。 それは兄嫁の山岸亜里砂(やまぎし ありさ)からだ。 「うちの人が」その声はまるで、泣き叫ぶように震えていた。
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