記憶を無くした猫

5/7
前へ
/11ページ
次へ
白猫に見える様、ススキがその場から退く。 そこに立っていたのは、黒猫だった。 目深に帽子を被り、薄汚れたロングコートで体を包んで、そのポケットに前足を突っ込んでいる。 左頬には、歪曲した細い傷が深く刻まれていた。まるで、夜空に浮かぶ三日月の様に。 冷たい、金色の二つの光が白猫を見つめていた。 「起きたんだな。………傷は、大丈夫か?」 そう聞かれ、肩がびくつく。黒猫の目の奥があまりにも暗く、深く、白猫はそこに飲まれてしまう様な感覚を覚えた。 「あ、はい」 「………そうか」 黒猫は一瞬視線を外し、軽く息を吐き出す。 「俺の名は、ミカヅキだ。運び屋で、ここに荷物を届けに来る途中で、あんたを見つけた」 先程ススキの座っていた椅子を引き寄せ、遠慮も無くそこに座る。車輪がキィと軋む。 「………あんた、運がよかったな」 「?………なぜですか」 「もう少しで、カモメの餌になっている所だったからさ」 「………」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加