出航前夜

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1912年4月9日 「ねえ、ウォレス」 赤い屋根のこじんまりとした家の中で、暖炉をかこみマリアがウォレスに話しかけた。 もう日がくれていて、外からは虫たちの鳴き声だけが聞こえる。 時折聞こえる地面をたたく音は郵便馬車かなにかだろう。 「何だい、マリア?」 ウォレスは新聞を読んでいたが、彼女に顔を向ける。 「今度の、船旅が終わったら、もう船でどこかに行ったりしないのよね」 マリアは寂しかったのだ。 もちろん、彼の職業はよく理解しているつもりであった。 しかし、それはまだ結婚もしておらず、心に余裕があったからである。 それに、マリアは女性特有の第6感のような、なにか悪い予感がしていた。 それはタイタニックと言う名前を聞いたときに感じ、そしてそれ以来、ウォレスがその話をする度に感じていた。 だが、自分の婚約者がどんどん出世していくのをみて、水を差すようなことを言えるはずなく、彼を応援することしかできなかった。 「ああ、きっとこのタイタニックで名が上がれば、どこかの楽団に名を売ることもできるだろうし。心配するなって。向こうについたら、手紙を送るから」 ウォレスは満面の笑みをいった。 「そうね」 その言葉に安心したのかマリアは、ウォレスの荷造りの確認にいった。
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