幸運

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1912年1月 晴れ渡る1月の空のもとで、バイオリニストのウォレス・ハートリーは船のデッキで気持ちよく弾いていた。 髪は後ろに流し、大きな瞳が輝いている。 彼は、まさに、芸術家であった。黒い演奏用の服が似合っている。 デッキには着飾ったご婦人方がコーヒーを飲みながら、彼の演奏に耳を傾けていた。 キューナード汽船のモルタニア号。 これがウォレスの乗る船だ。 ニューヨークを出発してから2日。 あと1週間で、イギリスに着く。 (ああ、早く会いたい) 彼には婚約している女性がいた。 名前はマリア・ロビンソン。 演奏中も心は、もはや遠く離れたイギリスの彼女の胸にあった。 それほどまで、彼女を愛しているのだ。
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