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ウォレスはどんどんと離れていく故郷、そしてマリアが待つところ、イギリスの姿を眺めながら、もうすぐ始まる一等船客とスミス船長の昼食会での演奏準備をしていた。
(いよいよ本仕事だ!)
ウォレスは生き生きとしていた。
今日の海はとても穏やかで、4月の太陽は優しくタイタニック号を照らしていた。
窓から見えるそんなきれいな海の様子で、ウォレスはこの航海がきっとすばらしい仕事になると確信していた。
「ウォレスさん! 時間になりましたよ」
すらっとした長身で、魅力的な笑顔が特徴的なピアニストのセオドア・ブレイリーが船室の扉を叩いた。
「ああ、すぐいくよ」
ウォレスは返事をすると、黒い演奏用の服に身をつつみバイオリンを持って廊下にでた。
廊下にでるとすでにセオドアとベースバイオリニストのジョン・F.プレストンが待っていた。
「ローとパーシーは先に行きましたよ。あなたが楽団長なんだからしっかりしてくださいね」
ウォレスとあまり変わらないのに、少し頭が薄いためウォレスより老けて見えるベースバイオリニストのジョンがウォレスを諭した。
ファーストバイオリニストのJ.ロー・フームと、チェリストのパーシー・コーリンズ・テイラーは先に行ったようだ。
(そういえば、残りの三人はレセプション・ルームの専属になったんだったな。だから、これから一緒に演奏するのは5人だ)
ウォレスは人数が減りすこし寂しく感じたが、五重奏も悪くないし、それに調和しやすいと思い、5人での演奏に納得した。
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