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その豊かな田園がいつまでも続くような町、ヨークシャーのデュースバリィは静かな朝を迎えていた。
道ばたの草木には霜がおり、ひんやりとした冬の朝を演出している。
その田園地帯にこじんまりとした赤い屋根の家がたたずんでいた。
窓には、まだ慣れない手つきで家事をするひとりの女性が映っている。
マリアだ。
彼女は美しい栗色の髪を束ね、ウォレスの帰りを待っている。
「ただいま!」
朝一番の汽車に乗り、それから急いで乗り合い馬車で帰ってきたウォレスが威勢良く家の扉を開けた。
「おかえり、ウォレス!」
マリアがそう言うと、若い婚約する二人は抱擁をかわした。
「なぁ、マリア、すごくうれしいニュースがあるんだ」
ウォレスは暖炉のそばのいすに腰掛けると、笑顔で昨日の出来事をマリアに話した。
「おめでとう! あの船に乗れるだなんて、すばらしいわ。きっと評判になって……もしかしたら、どこかのオーケストラから声がかかるかもしれないじゃない!」
マリアはまるで自分のことかのように喜んだ。
「ああ、僕もすごく驚いたよ。社長直々に頼まれたから。なあマリア……」
そこまで話すと、ウォレスは急に表情をかえた。
そして一葉を選びながら話し出した。
「……このさぁ、この航海から帰ってきたら、正式に結婚しないか。僕は君のことを一生、命をかけて守り、そして愛し続けるよ」
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