Chapter1 本を開けば

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「―――おい、総矢。」 不意に名前を呼ばれ、男子生徒は読んでいた本から顔を上げる。 目の前には同じ中学からこの学校に進学してきた旧友の顔があった。 「何だよ、タキ。」 「いや、何だよって……」 首を捻る男子生徒に、彼の旧友…凪ノ宮竜樹(なぎのみや たつき)は苦笑を浮かべる。 「もうSHR終わってから結構経つぞ?いつまで本読んでんだ。」 竜樹に言われて周りを見回すと、もう教室に自分達以外の生徒の姿がないことに男子生徒は気づいた。 「あぁ…もうそんなか。」 「そんなかってなぁ……」 竜樹が呆れたように男子生徒にため息をつく。 男子生徒の名は星総矢(ほし そうや)。 智ヶ崎高等学校の1年生である。 総矢は読んでいた本を竜樹に向かって見せた。 「見ろよ!中学の頃好きだった本が古本屋に売ってたんだ!」 そう言って小さな子供のように目を輝かせながら見せてきたのは、彼が中学時代から好んで読んでいた本だ。 中学時代に読んでいるところを何度も見ていたので、竜樹もその本を知っていた。 魔法の本を見つけ、魔道師となった現代人の主人公の姿を描いた『図書室の魔術師』という物語だ。 嬉しそうにその本を抱える総矢の姿に竜樹は「本当に変わらないな」と思ってしまう。 彼は昔から本が好きで暇があれば読書に耽っていた。 物語、評論など様々なジャンルの本を好み、昔から誰もが彼のことを「本の虫」と評していた。 「ったく、ホントに好きだよなー。今日も図書室寄ってくのか?」 「あぁ、昨日読み終わった本を返さなきゃならないからな。」 竜樹の問いに総矢が頷く。 本好きな彼は入学して間もない頃から毎日のように図書室へ通っているのだ。 「タキはこの後部活だろ?忙しいそうだな。」 「うん、まぁ、いいんだよ。」 ハンドボール部に所属する竜樹は毎日練習で忙しい日々を送っていた。 それでも、笑って彼はこう言う。 「忙しくても俺は楽しみながらやってんだから。」 と。 その笑顔につられて総矢も笑った。 が、同時に羨ましく感じた。 本さえ読めれば何だっていい。そんな自分とは異なり、“現在(いま)”を心から楽しんでいる彼が羨ましい。そんなことを考える自分が何処かにいる。 まあ結局自分は好きな本を読み、気ままに過ごすという現状(いま)に満足してしまっているのだが。 →
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