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突然蹴破られたドアの音が、狭い化粧室に突破口を開けた。
『貴様ら、自分達が何をやってるか解ってるのか!!』
ビリリと空気を揺らす怒鳴りの凄まじさに怯えるかのように、黄ばんだ蛍光灯が数回弱く明滅する。
突然乱入した新手に、新人群の女ボスはあっという間に青褪める。
まあそれも無理はない。その新手の人物が、彼女らが心酔している相手なら尚更のことだ。
「な、楢島課長…聞いてくださいよ、私…彼女に話があるからと呼び出されて…」
『……お前には聞いていない、黙れ』
「ひっ……」
怒りに肩を張り、つかつかと詰め寄る闖入者…もとい総務課長、楢島雄司。
彼が『持ち場に戻れ』と睨みを滲ませて低く唸れば、ボス女は取り巻き達を引き連れて、そそくさと退散していった。
「なぜ、ここだと?」
以前、楢島に現場を目撃された彼女らは、それ以後には私刑(リンチ)場所を余所に移していた。
表面化しづらく、且つ男性が侵入を憚る場所――――女子化粧室へ。
『女がイジメをする場所は、昔から便所と相場が決まっているだろう。
それに、男がむやみに入って行けない場所なら、尚更な。まったく。お前って奴は、今回は肝が冷えたぞ…』
「……ごめん」
無暗に入って行けない場所に乗り込んできたアンタも、こっちとしてもなかなか肝が冷えた。
もし、自分以外の人間がいたらどうするつもりだったんだ。
『そう思うなら、少しくらいは抵抗してくれよ…』
「…めんどかった」
主に、力加減が。
本気を出さずとも捩じ伏せることは可能だったけれど、怪我を負わせてピーピー言われても鬱陶しいだけだから。
『お前なぁ…!』
ずれた眼鏡を直しながら苦笑する上司に、頑張って笑おうとするけれど、表情筋は石のように硬くてピクリともしない。
「……あり、がとうな」
『礼なんて必要ない。いつでも頼りになるからな。俺達の仲だ、隠しごとはするなよ?』
「わかった」
『よし。じゃあ行こう、朝礼の時間だ』
スーツの上着を着直して戻っていく上司の背中を見送りながら、深白は眩しげに眼を眇めてみせた。
同期で、同郷の上司とは幼馴染み。
そして、周囲で唯一自分の事情を知っている人間。
ああでも、要所は口外していない部分が多いから全部じゃないのか。
どんなに親しい彼でも、やはり自身の身体を流れ蝕む【鷹の血】のことは未だに打ち明けられていない。
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