◇一話◇

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冒頭でも述べたとおり、自身の身になにが起きても動揺はしないようにしている。 けれど流石に、仕事を終えた帰宅途中、それも土砂降り雨の中で横たわる白い生き物らしきものを見つけた瞬間…基本、超低速稼働の心臓がじわりと音をたてた。 横たわる物体X。 うん、まぁ…あれだ。 きっと、猫かなにかだろう。 轢かれてここまで辿り着いたんだろう。 でも、目立った外傷はないみたいだ。 本当に轢死体…? 多少違和感は残るけど、だったら話は簡単。 保健所に、自宅前に猫の轢死体があるので回収にきてもらうよう頼めばいいのだから。 もし本当にそうだったなら、何事もなく傍を素通りできたのに。 近付くにつれて、その生き物が生死不明の人間だと分かった時、私の時間はふいに停まった。 それは、外界の時間軸ではほんの数瞬のことかも知れない。 けれど、私にはそれが随分と長い間の出来事に思えていた。 不可解な引力に縛られていた間、一体なにを考えたかなんて覚えちゃいない。 気付けば、濡れた男を肩に担いでアパートの玄関をくぐっていた。 人生は困難事件の連続。 でもまさか、この自分が人間を拾うだなんて…露も思っていなかった。 /1. 仕事帰り、妙な生き物を拾った。 いや、拾ったという表現は連れてきたこの生き物を相手に使うには、やや相応しくないかもしれない。 拾った……というか、これは保護したことになりゃしないだろうか? まぁどちらにしても、結果が変わらないので結局は考えるのを止めてしまったのだが。 拾ったのは、髪の毛が白い人間。 自分と比べて硬く筋張った体格から考えて、コイツの性別はいうまでもなく男だろう。 見た感じ、成人は迎えているように見えるけれど、はっきりと断定はできない。 汚れた白い髪は、この生き物の年齢をうまいことぼやかしていた。 なぜ、わざわざ厄介ごとを拾ってきたかなんて……深く考えなければ分からないくらいだから、たぶんその時は何も考えていなかったのだろう。 冷徹の称号を冠する自分だが……だからと言って人間性を捨てた訳じゃなし。 もちろん弱っている生き物を平気で見なかったことにできるほど、性根が腐っているわけでもない。 水分を吸ってぐっしょりと濡れ、目に触れる場所には流血を伴った大小様々な生傷がある生き物を前に手を差し延べない人間は、それこそ人でなしだと思う。
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