白鳥の味噌汁

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――どういうことだ…? 琥珀に許嫁がいるなんてことは、初めて聞いた。 混乱している鷲太朗に対して、冷静すぎる琥珀の声が耳に届いた。 「それは私が22代目になる前に会合で勝手に決められたものだろう、鴎巳殿? その時と今とでは立場も状況も違うのだ。 しかもただの口約束にしか過ぎない。 わたしは貴方と許嫁の関係になったとは思っていない」 「つれないなー」 男の顔は知らないが、にやりとした笑みを浮かべていることは鷲太朗にも容易に想像できた。 「俺はオジョーちゃんとの結婚、本気で考えていたのになぁ」 「すまないが、他をあたってくれ、鴎巳殿」 「そう簡単にあきらめると思う? 白鳥流当主の旦那の座なんて、ここにいる奴らなら喉から手が出るほど欲しい立場だよ。 …なんたって、アンタが死んだ後は好き勝手にできるしね」 鷲太朗は思わず拳に力を入れた。 琥珀は幼いころから、こんな環境に放り込まれていたのか。 自分の立場を利用しようとする者ばかりの環境に。 自分の死を待ち望んでいる者ばかりの環境に。 幼いころの無邪気な琥珀を知っている鷲太朗だからこそ、今の会話は耐え難い程ひどいものだった。 鷲太朗は久々に怒りを抱いていた。 許されることなら、今すぐこの戸を開けて、男どもを捻じ伏せたい程に。 しかし、今ここで自分が出て行ったら、琥珀の立場を危うくするだけだ。 鷲太朗は拳にさらに力を入れ、自分の爪が手のひらに食い込む痛みで、怒りを紛らわせるしかできなかった。      *   *   * 琥珀は目の前に来て、自分の肩を抱き、顎を掴んで話す鴎巳の手を振りほどいた。 彼は一々、琥珀をオンナノコ扱いする。 それを琥珀が嫌うと知っていて。 琥珀が静かに鴎巳を睨み付けると、彼はやれやれと首を振って、両手を挙げて降参のポーズをした。 「今回は取り敢えず、このぐらいにしておくよ。 でも、諦めたわけじゃないから」 鴎巳はそう言って、元居た場所へ戻り、柱に寄り掛かる。 鴎巳はどうにかなったが、ほかの者はまだ納得していないようで、うかがわしい瞳で琥珀を見ている。
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