白鳥の味噌汁

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琥珀はため息を吐くと口を開いた。 「谷賀茂殿、私に許嫁などおりません。 どこからデマの情報を聞いたのでしょう」 谷賀茂は騙されませんよ、と不気味に笑って言葉を返す。 「いいえ、とある筋から聞いた確かな情報です。 なんでしたら、証拠も仕入れてきましょうか?」 窮地に立たされた。 相手がどのくらいの情報を掴んでいるのか分からない。 余分に事実を明らかにしたくはないが、変に誤魔化せば谷賀茂にさらに窮地へと追い込まれることとなる。 ――イチかバチか。 琥珀は口を開いた。 「そのようなことをする必要はない。 そもそも同じ流派の者に対して探りを入れるなど悪趣味にも程があるぞ、谷賀茂殿。 事実を話そう」 そう言って琥珀は顔を少し隠すように扇を開いた。 “鵠”の扇であることも重要なポイントだ。 これを見せるだけで、数人は怯む。 「婚約なんて大層なものではない。 お付き合いをさせていただいている方がいるのは事実だ。 皆に知らせるほどのことでもないと黙っていたのだ、すまない」 そう言って恥じらうように頬を赤らめてみせる。 周りの者は動揺を隠せない。 普段女らしさを出そうとしない琥珀が突然乙女のような表情をするのだ。 琥珀自身は、自分に吐き気がしていた。 こんな女であることを武器にするような手は好きではない。 「あ、相手は誰なんです? 高校生の付き合いと言えども、白鳥殿はご自身の立場を理解しておられるのでしょうか?」 谷賀茂はしつこく問い質す。 琥珀は内心舌打ちしながらも、表情は変えない。 「クロウ・カンパニーの御曹司だ。 正義感のある、誠実な方だ。 真面目にお付き合いをさせていただいているつもりだし、皆に迷惑を掛けるつもりはない」 琥珀の言葉に、周りがどよめく。 先ほど仕入れたばかりの情報だが、裏社会を牛耳る鴉組の若頭、というよりは、数十倍聞こえが良いだろう。 若干付け焼刃な話の気もするが、「クロウ・カンパニー」というネームブランドは凄まじいらしく、皆は黙り込んだ。 極道の男で正義感のあるというのも滑稽な話だが、大げさに褒めておいて損はないだろう。
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