白鳥の味噌汁

34/40
前へ
/221ページ
次へ
いつから隣の部屋にいたのだろう。 惣一郎は驚いた様子もなく、笑みを浮かべたまま鷲太朗に話しかける。 「いやいや、琥珀を心配してくれたのだろう? 琥珀、彼が君の…」 「あ、いや、木菟殿、こちらは――」 「冠と申します。 私はクロウ・カンパニーの社員でして、ご多忙の烏羽様の代わりとして、彼女の付き添いをさせていただきました」 状況を飲み込めない琥珀に代わり、鷲太朗がスラスラと説明をしてくれる。 こういう状況の鷲太朗は、普段の無口な彼とは打って変わってとても饒舌だ。 「保護者の木菟と申します。 琥珀を宜しく頼みますよ」 惣一郎はそう言って、最後に琥珀にほほ笑むと去って行った。 部屋に二人きりになると、琥珀は尋ねる。 「聞いていたのか?」 「すまない、約束を破って。 まさか気付く人がいるなんて思ってなかった」 鷲太朗が謝ると、琥珀は俯いて顔を振る。 「いや、ただ…あまり聞かれたくない話だった、から…」 琥珀はさっき魁が演じることに慣れていることを悲しい、と感じた。 しかし自分もそうなのだ。 演技をせずに、あそこにはいられない。 まだ信頼も得ず、力も持たないただの高校生である琥珀には、惣一郎が羨ましかった。 惣一郎のような力が欲しい。 一言で皆を納得させるような、信頼を得られるような、そんな人になりたい。 琥珀は惣一郎がある人と少し重なっていた。 俯いたまま鷲太朗に話し出す。 「さっき、会合の時に、魁を思い出していたんだ。 わたしを鴉組の皆に紹介する会合の時、魁は『惚れた女だから』なんていう、はちゃめちゃな理由で、皆を納得させただろう? 羨ましい。 彼のように強くなりたい」 無意識のうち声が震えた。 悔しかった。 他者を利用しなければ、自分の大切なものを護れない弱い自分が。 「鴉組は馬鹿ばっかりだから。 固い理由を言うより、ああ言ったほうが納得する」 鷲太朗はそう言ってくれたが、そんなことはない。 たった一言で皆を信じさせる魅力が彼にはあるのだ。 信頼の上で成り立っていることなのだ。 それが羨ましい。 嗚咽を漏らしそうになって、琥珀はまた下唇を噛んだ。 そんな琥珀の頭を鷲太朗はやさしく撫でた。 それがきっかけとなり、タガが外れたように琥珀は泣き始めた。
/221ページ

最初のコメントを投稿しよう!

601人が本棚に入れています
本棚に追加