白鳥の味噌汁

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魁は今日、保健室で言われたことを思い出しながら口を開いた。 「琥珀」 「うん…」 「無理するな、なんて言わない。 きっとお前は無理しないことが無理だと思うから。 だから、一緒に頑張ろう」 電話の向こうから、返事が来ない。 少し間があってから小さな返事が来た。 「…うん」 「確かに、オレとお前は契約で婚約者になったけど、それ以外に偽りはねぇつもりだ。 だから、オレと組のみんなと一緒に頑張ろう」 婚約者という契約で出会った二人だが、二人の間や鴉組の皆と築いてきた絆は契約だから築かれたものではない。 きっと二人は、きっかけに拘りすぎていた。 契約というきっかけに縛られていたのだ。 「…うん、ありがとう、魁」 気のせいだろうか、彼女の声が震えていたような気がしたのは。 電話越しであるのが歯がゆく感じた。 彼女が泣いている気がしたことも、自分の心中がざわついているのも気が付かないフリをした。 「今日のお前、素直すぎて気持ち悪いぞ」 「今日の魁、優しすぎて気味が悪いぞ」 お互いにそう言って、どちらともなく笑い出した。 ちょっと気分が良いのは月のせいにしよう。 「じゃあ、おやすみ」 「うん、おやすみ。 また明日」 そう言って電話を切った。 魁は一人、携帯の画面を見つめ続けていた。 琥珀は携帯を握りしめたまま眠りについた。 本当に久しぶりの穏やかな深い眠りだった。 そんな二人を、雲の隙間から月だけが見ていた。      *   *   * 次の日、琥珀はインターホンの音で目が覚める。 久しぶりに深く眠ったお蔭で、目覚めは良い。 呑気に伸びをしていると、インターホンが再度鳴って、慌てて松葉杖で玄関へと向かった。 こんな朝早くに誰だろうと首をひねりながら、戸を開ける。 「はい、どちら様でしょうか?」 「あ、ハクおはよう。 朝早くからごめん」 琥珀は反射的に戸を思いっきり閉めてしまった。 寝ぼけていなければ、今いたのは鷲太朗だ。 「ハク?」 戸越しに問いかけてくる。 声は間違えなく鷲太朗のものだ。 琥珀は少しだけ戸を開いて、そこから顔を覗かせると、やはりそこには鷲太朗が立っている。
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