九段坂の、春。(サトリ×颯)

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4月9日土曜の朝7時。  地下鉄九段下駅。 平日のこの時間なら、駅は通勤通学客で混み始める頃なんだろうけど。土曜日は流石に殆ど人は居なくて。  俺は改札を抜けて、構内の地図で出口を確かめてから、 「2番出口…ね」  長い長い、昇り甲斐のありそうな階段を見上げた。  節電のために停まってるエスカレーターと平行に並んで地上に向かって伸びてる階段の数を数えるように、俯き加減にゆっくりゆっくりと一歩ずつ上がっていく。 急ぐ足音が近づいてきて。 詰襟姿の学生が後ろから駆け上がって来て、俺の隣を追い越していくのを見送りながら、行く手を見上げた。 「元気だなぁ…」 四角くぽっかりと開いた出口が階段の上に見えたけれど。まだ大分遠い。 数分かけて、 肩を大きく上下させるように息を上がらせながら辿り着いた其処は。 武道館や靖国神社へ向かう、ゆるやかで長い坂道。 ――九段坂の途中。 思わず空を仰いだら。 『今日降るって言ってたっけ…?』 一年前のあの日は花曇りで。 しかも夜だったけれど。 今日は空一面雲が覆っていて、霧雨混じりの湿った強い風が、坂を上り始めた俺の背中を押す。 ――はらり、と、ひとひら。 俺を追い越した、淡い色のサクラの花弁に、密かに心を躍らせる。 ――釣りには最近行けないけれど。  大好きな若冲の特番撮ったし。仕事の一環だって言い訳しながら、ひとりで休みの日に、絵を観に行ったりしてる。 今日は一年前颯君と行った、国立近代美術館に行くことにした。 ――ゆっくり観るなら一日がかりだ。 …って。美術館開くのは9時からだし。  それなら朝早く出かけて、今年は遅咲きで今満開のサクラを千鳥ヶ淵で見よう! なんて。今頃まだ家で安らかな顔でベッドで毛布に包まってるはずの颯君を置いて一人で来ちゃった俺は。  雨に降られるかなあって心配しながら、なだらかな九段坂を、ゆっくり踏みしめるように一歩一歩上り始める。 周りでは、  立ち止まって堀を眺めてる人。  コート着て通勤カバン持って坂を昇る人。  凄い勢いで九段坂を駆けぬけてく高校生。  性別も年齢もバラバラなのに、皆で一眼レフ持って話をしながら歩いてる20人くらいのグループ。  楽しみ方は全然違うけれど。視線を見れば、誰もが桜を追っている。
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