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しかし何故だかこの話が頭を過り、何気なく障子に目を配せる。影には尾っぽが八本、中途な数だけ伸びていた。
さて、忍の名は何だったか。ましらと名を上げたのだから、きっと猿が付くのだろう。
猿。
飛んで跳ねる忍。
猿飛。
「佐助?」
無意識に、口をついた。しまったと思う時には大抵が手遅れで、幸村はごくりと息を呑む。今迄開かなかった障子ががらりと開け放たれ、逆光の中に狐が佇んでいた。
唇にいびつな弧を描き、ひたひたと幸村の方へ歩いてくる。
「ああ、やっと思い出してくれた」
――獲物を、持って。
「待ってたんだ、旦那。ずうっと」
狐の慈しむような目に、光はない。くすくす笑う狐を睨むと、獲物を振りかざすでもなく差し出してきた。
呆気に取られた幸村を尻目に恭しく狐は頭を垂れる。
「もうじき九尾になっちまう。そうしたら本当の本当に化け物だ。どうかその前に、旦那の手で討って下さいな」
獲物を持つ狐の手は震えていた。恐怖にか、野性の衝動にか。
幸村はただ無言で獲物を見据えた。それからゆるりと手に取り、六文銭の刻まれた柄を眺める。
「いやだ」
「どうして。食い殺されたいの」
「もう会えなくなる」
「そうだよ。今迄俺様は居なかったし、これからも居なくなる。何がいやなの」
答えは出せなかった。かたんと獲物を放り、狐を抱き寄せる。狐はびくりと身を竦ませて、ぺたんと耳を折った。
「……旦那?」
「いい。気が変わった。出て行くな、佐助。今日から俺の傍に居ろ」
狐はきょとんと目をまあるく開いてから泣きそうな程ぐしゃぐしゃに顔を歪めて笑い、頷いた。
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