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高等学部三期生、猿飛佐助。彼は春というものが嫌いだった。
出会い別れに一喜一憂し泣いて笑う人々が、そして何よりも薄桃の桜が苦手であった。
佐助は義理の妹に当たるかすがへ、ひととせ巡る度に相談するのが恒例行事だ。尤も近年は「知るか」の一言で一蹴されるのだが。
今年は何とも最悪な事に、付き合って二ヶ月の彼女に花見を誘われてしまった。気持ちは嬉しいのだが、これがなかなかどうして。無碍に断る気にもなれず、休憩時間に入った途端に佐助は身体を捻って自分の席の後ろを見た。
「けーいーちゃーん!助けて、桜やだー!」
「……何で其処まで苦手なんだろうねえ」
中等部来の友人が苦く笑う。かすがよりは真剣に考えてくれている、らしい。
佐助は握り拳を自分の机に叩き付け、半ば泣きそうな声を上げた。
「俺様が聞きたい!一大イベントじゃん、意中の女の子と出掛けておべんと食べるのって幸せでしょ?ロマンスでしょ!?」
「まあ、うん」
気圧された慶次が頷いて、どうどうと手で佐助を宥める。言い終えた佐助はまるで世界中の不幸を一気に抱え込みました、とでもいうように一瞬で表情を歪めた。そのまま佐助はわあと泣き真似て慶次の机に突っ伏したかと思うと、勢い良く跳ね起きて慶次の手を握り締めた。
「桜が嫌いなのでデートキャンセルとか絶対振られるよ、慶ちゃんヘルプ!何かいい案ない?」
「えー……あ!代わりに俺が行こうか?」
ぴん、と悪戯に慶次が人差し指を立てる。その指先を見つめて少しだけ、ほんの少しだけ佐助は悩んでからそれはダメ!と叫んだ。
予想通りだと軽く笑った慶次は、よしよしと佐助の頭を撫でてやってから体を後ろに倒し椅子に片腕を預ける。
「何が厭なのか解らないならさ、いっそ彼女さんと良い思い出作っちゃいなよ!そしたら春も好きになるかもよ?」
「うーん……」
そうかなあ、そうだよ、本当にそうかなあ、本当の本当だよ、と押し問答の間に授業を告げる鐘が鳴り響いた。
「やべ」
御免ねありがと、と簡単に告げて佐助は身を翻して筆記具を並べ始める。
窓の外には花弁が舞い踊る。佐助は心底嫌そうに眉を寄せて、花弁を視界の外に押しやるように黒板を睨み据えた。
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