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さすけ。
誰かが耳元で囁いている。
うだる夏のように疎ましいのに、その声が孕む熱が言葉にならない程に愛しい。そう思うなんてどうかしている、と我ながら思う。
さすけ。
桜の花弁が舞い散る帰路を歩く間、ずっと名前を呼ばれる。知らない声で、知った熱で。
――佐助。
*――――――
前を歩いていた慶次に顔面から衝突して、はっと佐助は我に返った。慌てて一歩下がり、ぽかんと目を丸めた慶次に手を合わせる。
「ご、ごめんっ!」
「いや、大丈夫。痛くない?どうしたのさ、ぼうっとしちゃって……」
「はははっ、さては恋煩いかあ?さっきから無言で歩いてたもんな」
慶次と並んで歩いていた同級生である元親の掌が、わし、と佐助の頭を撫でた。佐助は手を振り払い、肩を竦めてみせる。
「違いますー、チカちゃんじゃあるまいし」
「何をう!」
更にわしゃわしゃと髪を掻き乱されて佐助が悲鳴を上げる。慶次が楽しげに笑った。
「違うよ、元親。佐助は桜が嫌いなんだ」
「へ?」
漸く元親の手を引き剥がした佐助は、ぜいぜいと肩で息をしながら「そういうことです!」力一杯頷く。
「……綺麗なもんなのにな、勿体ねぇ」
「あはは、でも嫌いな物は嫌いなんでしょ」
「そう、そうなんだよ!慶ちゃん大好きっ!」
佐助はおいおいと泣き真似をして慶次に抱き付く。と、びゅうと春風が吹き抜けた。桜がばらばらと舞い上がる。三者三様に顔を庇い、収まったのを認めてから一息吐いた。
はらはらと目の前で墜ちる桜に何かを重ね、佐助の背筋を薄ら寒い物が駆け抜ける。
「……っとお、驚いた!急に荒れやがったな」
「さっきまで穏やかだったのにね」
二人の会話をぼんやりと聞き流し、佐助は身を震わせた。吹き抜けた風の合間、確かに聞こえたのだ。
さすけ、と。
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