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「…信じられない。っとに何してんのさ!」
状況を理解した吉田は溜め息を零すと、心底呆れた声で叫んだ。
だが、高杉にも言い分はある。
「稔麿が押したからだろ?!」
そう。吉田があの時押さなければ、高杉はこの女を下敷きにはしなかっただろう。
間違いなく、原因は吉田にある。
そう言えば、吉田は高杉を睨んだ。
「何?俺が悪いの?確かに突き飛ばしたのは俺だけど、俺にそうさせた原因は高杉でしょ?違う?」
「…いえ。違わない…です」
鋭い眼光で睨まれた高杉は蛇に睨まれた蛙の如く、消え入る様な声で答えた。
吉田の言う事は屁理屈なのだろうが、そもそもの発端まで逆上れば、高杉自身に原因があるので、高杉は何も言えなかった。
高杉は、昔から何故か吉田には勝てないのだ。
高杉は幼い頃から頭の回転が早い餓鬼大将で、大人達ですら手玉に取っていた。
そしてそれは、松下村塾の放れ牛と呼ばれる今も変わらないのだが、やはり吉田には勝てない。
歯向かったところで、口では言い負かされ、刀でも打ち負かされる。
やり返せば、さらりと倍返しされる。
それを繰り返す内に、吉田には逆らうなという教訓が骨の髄まで染みてしまったのだろう。
それゆえに吉田に睨まれると、反射的に高杉の体は固まる。
何とも悲しい性だ。
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