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「まぁ、否定はしないよ。だが、少なくとも今は、そのつもりはない。だから、必要以上に怯えさせるのは止めなさい。必要以上に怯えさせては、聞ける話も聞けなくなるだろう」
吉田は桂の言葉に一応、納得したのかそれ以上は何も言わなかった。
相変わらずその手は刀の柄に置かれてはいたが。
桂は、一先ず大人しくなった吉田から朔へ視線を移すと、表情を少しだけ緩めた。
「怯えるな、と言っても無理はない会話を聞かせてしまったが、今のところ君をどうこうするつもりはない。今はまず、君の話を聞かせて貰っても良いかな?」
「…はい」
そう答えるしかなかった。
一応、こちらに選択肢を与える言い方をしてはいるが、この状況では朔が口に出来る答えは一つしかない。
拒否すれば、恐らくは最悪の事態になるだろう。
元の世界に未練はない。
朔の存在を認めてくれた…朔の世界の全てだったと言っても過言ではない両親と兄は、もういない。
あのまま売られるように嫁ぎ、人形のように生きるだけ。
ただの生ける屍だ。
だが、それでも死ぬわけにはいかなかった。帰ることをまだ諦める訳にはいかなかった。
あんな家ではあったが、父と兄の家で二人が守ろうとしていた家。
そして、朔が父と兄と唯一、繋がりのある場所。
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