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見間違いかと何度も目を擦ったが、変わらずに桜の樹は淡い光を放ち続けていた。
そのまま走り去れば、何事も起こらなかった。
だが、何故だか思考回路は麻痺しており、朔は吸い寄せられる様に桜の樹に触れた。
暖かい光が朔を包んだが、不思議と恐怖心はなく、身を委ねれば良いのだと感じていた。
それが全ての始まりだった。
朔が動乱の幕末を駆け抜けることになった始まり。
幕末の地で愛する人を見付けることとなった始まりだった。
淡い光が引いていくと、いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。
空を見上げれば、頭上には満月が輝いており、かなりの時間が経ってしまったのだと分かる。
いつの間に夜になったのだろうか?
そんな疑問が朔の脳裏を過ぎったが、すぐに現実に引き戻された。
「…いけない、新幹線の時間が…」
今日中には東京に戻らねばならない。今が何時かは分からないが、朔は取り敢えず京都駅へ向かおうと駆け出したのだった。
「…あれ?今…誰かいた様な気がしたんですけど…」
朔が壬生寺を飛び出すのとほぼ同時に、ある人影が本堂の方から現われた。
砂利を踏みながら静かに歩いてきた影は、先程朔がいた付近まで来ると不思議そうに辺りを見渡していた。
「変ですね…」
影の主…沖田はそう呟くと首を傾げていたが、不意に駆け抜けた風に目を閉じた。
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