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 先程は表情に集中していて気づかなかったのだが、コーヒーを恵んでくれた人物は美しく、線の細い、気の弱そうな雰囲気であったのだ。  ラークは持っていた財布を開けて数枚の紙幣を取り出し、差し出した。 「どういう意味だ」  男は当然の疑問を口にする。  ラークが差し出した金額は三万であり、それを無条件に手渡すには大金過ぎた。 「いらないなら受け取るな」  ラークの答えは、男の疑問を払拭するには少なく、彼はかえって警戒してしまう。だが、金の魔力は強く、そのまま立ち去る事も出来ない。  男は恐る恐る近づき、彼の手からそろりと紙幣を受け取る。即座に偽物ではないかとチェックするのだが、本物であり、更に男を困惑させる。  ラークに意図を尋ねようと振り向いた時には、そこに彼はいなくなっており、慌てて大通りに出て、去って行く後ろ姿に声をかける。 「なんでだ!?」  男は疑問だけを投げつける。  ラークは振り向き、困った様な微笑みを見せた。  その微笑みは男にはあまりにも美しく映り、信じた事もない神の存在をそこに見てしまった。  男にとっては衝撃的で、夢ではないかと思う出来事であり、小さくなる後ろ姿を見送っているにも関わらず、現実と思えなかった。  彼の姿が見えなくなってから、握り締めた紙幣は現実であると小さく囁く。男はそれをジッと見つめた。
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