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…悟くん、悟くん…悟くんっ…!
心の中で何度も愛しい人の名前を読んで、グっと唇を噛み締めた。
熱い息が唇に掛かって…もう駄目だって思った瞬間、身体から重みが消えた。
「ンのやろー!」
「うわぁっ!?」
叫び声と、怒鳴り声と、何かが倒れるけたたましい音。
軽くなった身体を起して目を凝らすと、取っ組み合いの喧嘩をする後ろ姿。
「さ…とるくっ…」
怒鳴り声は確かに悟くんの声で、高らかに拳を振り上げる後ろ姿も…
「春に何してんだよっ!!」
「まっ…待って!待って悟くん!!」
強張る身体を無理矢理動かして、拳を振り下ろす悟くんに抱きついた。
「殴ったら駄目だよ!!」
「何で止めんだよ!!コイツのせいでお前、ずっと怖い思いしてたんだぞ!!」
必死に止める俺を怒鳴りつけて…見境のない悟くんが少し怖かった。
男は悟くんの剣幕に震えていて、自分が襲われていた事なんてどうでも良いと思うくらい、同情する自分が居た。
「大丈夫だから!悟くんが来てくれただけで…十分だから!!」
華奢な身体の何処にこんな力だ有るのか…
必死に悟くんを羽交い絞めて、何度も…何度も訴えて…
「悟くんの大事な手!!怪我しちゃうから!!」
大事な利き手を、俺の為に傷つけないで欲しい…
それは、心から思ったこと…。
細くしなやかで、あんなに優しい絵を生み出す悟くんの手が…
誰かを殴って傷つけられるなんて、堪えられない。
「……しゅーん…」
抵抗が収まって、呆れたように…脱力した声と共に振り向いた悟くんは何時もと同じ…
緩くて、優しい目をしていたからホッとした…。
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