赤い月が見えた夜

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久瀬最高司令官の様相を、一言で表すなら『拷問』だろう。 久瀬最高司令官の“体”は、椅子の上に置かれていた。 だが、両手両足は切断され、ご丁寧に対面に用意された椅子の上に手足は置かれている。 そして、目は閉じられないようにクリップのような物で縫い付けられ、片目は潰されている。 まともな殺し方ではない。 「とどめを刺していないって事は、この人は失血死したって事なの? 人間の世界に来てから数百年経つけど、こんな酷い殺し方をする人は――」 死体を見ていたミリィが、突然言葉を呑み込んだ。 この殺し方に、覚えがあったからだ。 それは、ミリィにとっての最愛の人がやった事。 戦争で心を病み、仲間を傷付けられて怒りを露わにした最愛の人が行った拷問。 あの時も、やはりこのクシャナ国であった。 「貴男が、棗(なつめ)を傷付けられて、豹変した時、シルメリアの暗殺者に同じような事をしたわね。あの時の貴男は、本当に怖かったわ」 今はもう、この世に居ない最愛の人へと呟いたミリィは、死体から視線をそらす。 そこで“ある匂い”がミリィの鼻孔をくすぐり、ミリィは驚きで目を見開いた。 「え?」 その匂いは、昔よくミリィが嗅いだ匂い。 最愛の人が居なくなってしまった部屋で、何度もその匂いに悲しみを感じ、彼に会いたいと胸をかき立てられた匂い。 「どうして?」 こんな死が満ちた部屋で、最愛の人の匂いがするなど、到底信じられないミリィは、戸惑いと共に首を振り、辺りに視線をさ迷わせる。 そして、部屋の壁に目を向けた時、ミリィは息をのむ。 そこには、久瀬最高司令官の血で書かれた文字があった。 『全ての0がお前達を喰らい尽くす』 その文字が意味する事は、ミリィには分からない。 だが、ミリィはその“文字”を見て確信した。 「この字は……貴男なの?」 また会いたいと願い続けた最愛の人。 生まれ変わったその人だと確信させる匂いと字体に、ミリィは懐かしさと同時に、胸によぎる悪寒に身を震わせるのだった。
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