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「透、さよなら。」
何度言われても、多少はへこむ。それが例え本気の恋でなかったとしても…。
俺はまた『彼女の代用品』にフラれた。今回の女は『彼女』に少しだけ、フインキが似ていた。細くてしなやかな身体のラインと柔らかな空気。それだけに、少しだけダメージは大きい。
「…何やってんだ、俺は。」
仕事をしていれば、嫌でも目につく。後輩達に囲まれて、柔らかい笑顔で指導している『彼女』村上美佐子。目下5年越しの片想いの相手。
「課長。」
「何だ?」
「明日の出張の書類確認を、お願いします。」
声を辿って見上げれば、柔らかな笑顔で俺を見ていた。年甲斐もなく見とれた俺…ガキかよ。
「課長?どうかなさいましたか?」
「あ、いや。―この時期の秋田か…。寒いだろうなってさ。」
「指名ですから…」
「ありがたいことだな。」
「そうですよ。」
また柔らかい笑顔で俺を見ていた。
「美佐子センパイ…。」
「早苗ちゃん、どうしたの?」
「コピー機が変なんですぅ。」
1ヶ月程前、俺に告白してきたのをあっさりフッた須藤早苗。こいつはことのほか村上に懐いている。普段よりも忙しい癖に、村上はコピー室に足を運んだ。
「仕事、終わんないだろうが…。」
俺が気にしたのは、村上の仕事量。普段の業務に明日のからの出張に向けての資料チェックなど、まだまだ沢山仕事はあるはずだ。
馬鹿げた騒ぎに関わってる暇は無い筈だ。
「リセット?だから、リセットしたわよね?トナー不足でも、用紙詰まりでもないわね。用紙もたっぷりだし…」
「なんでご機嫌悪いんでしょー?」
お前のウザい口調のせいなんじゃね?と喉まで出かかった悪態を飲み込んだ。
「どけ。」
古い機種だから、リセットボタンは、本体の裏側にある。誰かの押し忘れだろう。村上の隣にしゃがんで肩に手を置くと、もう片手を伸ばしてリセットボタンを押した。
低く唸ると作動する気配を見せたコピー機を見て須藤は嬉しそうに俺を見上げた。
「課長、スゴいですぅ。」
何も応えずに、デスクに戻ろうとしたら、村上が俺を見上げてきれいに頭を下げた。
「課長。ありがとうございました。」
「大したことじゃない。仕事に戻れ。」
上司と言う立場のお陰で素直に態度には出せない。だが、デスクに戻る途中、頬が緩んだ。
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