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「急がなければ……」
黒い外套を羽織り、黒い帽子をかぶったシンは、せかせか歩いて食卓の前に立ち止まった。
目の前のダンボール箱の中身を確認する。
「……うん」
大丈夫だ。神崎 鋼介に託すべきものは、全部ちゃんと入っている。
満足げに頷き、箱を閉じる。フタに「神崎さんへ」と題した手紙を貼りつけ、玄関へ向かう。
外に出た途端、弱い日差しが銀髪に反射した。
「……」
振り返る。
それなりに長く住んだログハウスは、建てた時から色褪せることなく、実に堂々と建っている。
「……さようなら」
「行ってきます」とは言わず、緩やかに腰を折って、一礼。
大丈夫ですよ、セシルさん。
あなたの大切な人は、私たちが必ず止めてみせます。約束は守ります。
だから、どうか。本当に、安らかなままで──
二度と振り返らない決意を胸に、生物の気配が一切しない静かすぎる森へ、シンは入っていった。
笑みさえ、残さなかった。
『できそこないの救世主
~Messiah~ Ⅷ』に続く
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