12/30
前へ
/147ページ
次へ
「どうでしょうかね」 「東京の人でしょ?」 「はい」 「千龍に泊まるんだよね」 「はい」 「あそこはいいとこだよ」 「はぁ」 「飯もうまいし」 「最高ですね」 「おかみさんが美人でな」 「そうですか」 「でも、ここからちょっと遠いんだ」 「はぁ」 「最近お客さんみたいに長い距離乗ってくれる人、少ないんだよ」 「そうですか」 「一万円超えるけど、いいんだよね?」 「構いません」 こんな会話が永遠と続くかと思い、隆也が多少うんざりしかけた時だった。 細い道が急に開け、川に面した通りに出た。 そこにもたくさんの桜の木が植えられており、川沿いは桜並木としてピンク色に染まっていた。 時折橋がかけてあり、行燈風のライトが雰囲気を出している。 「この辺はあまり有名なお寺もないからね。  観光のお客さんも少ないんだ。  でもね、きれいでしょう?  結構お勧めなんだよ」 「そうですか」 「写真、撮っていくかい?」 「そうですね……。  でも、桜の写真はたくさん撮りましたから、結構です」 タクシーに揺られること数十分。 既に歩く気力は無くなっている。 隆也は、一刻も早く宿に入り、おいしい料理を食べて寝ようと考えていた。 体を奮い立たせてまで仕事を再開しようとは思わない。 しかし、運転手は食い下がった。 「いや、お客さん。  もう少し先に行くと、きれいな橋があるんだ。  そこで写真を撮っていきな」 「でも……」
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加