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「いいんだって。  宿までの通り道だし、ちょっと寄っていこうよ。  料金少し負けてやるから、俺のお勧め、雑誌に載せてよ」 そう言うわけで、タクシーのおやじに半ば押し切られる形で、その橋と桜を撮影することになった。 その会話があってから約五分後。 「お客さん、あれだよ。  綺麗な橋だろう?」 若干うとうとし始めていた隆也は、ゆっくりと頭を窓の外に向けた。 そして、隆也の目に飛び込んできた風景は、彼の眠気を吹き飛ばしてしまった。 「あれは……」 確かに橋は美しい。 ただ、隆也を驚かせたのは橋が美しかったからではない。 美しく朱色に塗られた太鼓橋。 そこまで大きくはないが、品がある。 周りには桜、そして柳の木がある。 静かなその情景は、夢で見たあの風景と一緒だった。 「綺麗だろう?  望月橋っていうんだ」 「……、きれいですね」 タクシーは道の端に車を停め、運転手も降りて橋に向かった。 思わず小走りになる隆也を見て、運転手は嬉しそうにしている。 「ほら、寄ってよかった」 運転手の言葉は、隆也の耳には入っていない。 橋の中ほどまで駆けていき、それから欄干に両手を乗せて川を眺めていた。 「驚いたな……」 夢と全く同じ風景。 月こそまだ完全には出ていないが、隆也の目の前に広がる光景は彼に鳥肌を立たせるのに十分だった。 隆也が感動しているのだと勘違いした運転手が嬉しそうに話し出す。 「目が点になってる」 隆也に追い付き、横に並んで同じように川を眺める運転手に、隆也が話しかけた。 「ここは、あまり知られていないところですよね?」 「そうだな。  ここは、桜はきれいだけど、他は地味だからね。  お客さんも来ないし、旅行のガイドにもあまり載らないね。  タクシー運転手だけが知ってる、穴場ってわけ」 「でしたら、修学旅行生なんかも来ないですね?」
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