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その声を聴いた女が、隆也の顔を撫でる手を止めた。
「なんと……、この私をお忘れになりましたか……?」
悲しげな表情を浮かべ、女の目からは一筋の涙がこぼれる。
「死してなお、このようにあなた様を愛おしく思っておりましたのに……。
私をお忘れになってしまったのですか……」
そう言い、泣きながら悲しむ女の顔が、次第に憤怒の形相に変わっていく。
「あな、哀しや……。
いと憎らしや……」
もはや女の顔は鬼のようになっている。
それまで隆也の顔を撫でていた両手がスッと首まで下がり、細いその指で隆也の首をキュッと絞めた。
女の力は驚くほど強く、隆也の息がたちまち断たれてしまう。
微かに隆也の口から洩れる苦しげなうめき声は、女に届かない。
ぎゅうぎゅうと締め付ける力は次第に強くなっていく。
窒息する前に、首の骨がおられてしまいそうだった。
視界が薄れ、気が遠くなり始めたときのこと。
「ワンッ! ワンッ!」
外から犬が唸り、吠える声がする。
それを聞いた女が、おびえた様子で隆也の首から手を放した。
一気に隆也の肺に空気が流れ込む。
苦しみから解放された肺が思い切り空気を求めていた。
隆也が勢いよく咳き込んでいる間にも、女は末恐ろしい形相で隆也を睨みつけていた。
「必ずや……、必ずや連れに戻って参りますゆえ……」
女の体が、徐々に薄れていく。
「お逃げになられても、どこまでも、必ず……」
そう言い残して、空気と同化するように女は消えて行った。
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