19/30
前へ
/147ページ
次へ
その声を聴いた女が、隆也の顔を撫でる手を止めた。 「なんと……、この私をお忘れになりましたか……?」 悲しげな表情を浮かべ、女の目からは一筋の涙がこぼれる。 「死してなお、このようにあなた様を愛おしく思っておりましたのに……。 私をお忘れになってしまったのですか……」 そう言い、泣きながら悲しむ女の顔が、次第に憤怒の形相に変わっていく。 「あな、哀しや……。  いと憎らしや……」 もはや女の顔は鬼のようになっている。 それまで隆也の顔を撫でていた両手がスッと首まで下がり、細いその指で隆也の首をキュッと絞めた。 女の力は驚くほど強く、隆也の息がたちまち断たれてしまう。 微かに隆也の口から洩れる苦しげなうめき声は、女に届かない。 ぎゅうぎゅうと締め付ける力は次第に強くなっていく。 窒息する前に、首の骨がおられてしまいそうだった。 視界が薄れ、気が遠くなり始めたときのこと。 「ワンッ! ワンッ!」 外から犬が唸り、吠える声がする。 それを聞いた女が、おびえた様子で隆也の首から手を放した。 一気に隆也の肺に空気が流れ込む。 苦しみから解放された肺が思い切り空気を求めていた。 隆也が勢いよく咳き込んでいる間にも、女は末恐ろしい形相で隆也を睨みつけていた。 「必ずや……、必ずや連れに戻って参りますゆえ……」 女の体が、徐々に薄れていく。 「お逃げになられても、どこまでも、必ず……」 そう言い残して、空気と同化するように女は消えて行った。
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加