23/30
前へ
/147ページ
次へ
部屋の外からまた誰かがノックをする音がした。 「失礼いたします。  シロを連れにまいりました」 若女将の声でシロは嬉しそうにしっぽを振り、女将が開けたふすまの隙間から出て行った。 「いい犬ですね」 「ええ、シロはもともと捨て犬だったんですけどね」 「そうなんですか?」 女将が悲しげな表情で頷く。 「近くの神社に捨てられているのを拾ってきたものがおりまして。  そのまま家で飼うことになったんです。  行儀のいい犬ですし、お客様にもかわいがっていただいてます」 シロの話をするうちに、隆也は昨日の女将の発言を思い出していた。 「シロがいるところには、あの女は来ないって、言っていましたよね?」 隆也が聞くと、女将が苦笑いを浮かべた。 「ええ、犬や猫は、そのような力を持っていると言われていますから。  それに、シロの声であのお方は姿を消してしまったでしょう?」 「ええ」 「あの方は、犬には手出しできないんです」 「はぁ……」 「もしよろしければ、この話はご朝食をとりながらにいたしませんか?  すぐに用意させることはできますよ」 「じゃ、一時間後にお願いします」 隆也は取り敢えずシャワーを浴び、温かい湯に体をゆだねる。 浴室内に設置してあった小さめの鏡に、自分の上半身が映っていた。 よく見ると、首のあたりにうっすらとあざがついている。 小さくてあまり目立ってはいないが、明らかに指で圧迫された痕だった。 隆也の脳裏にあの女の姿が浮かび上がり、背筋にスッと冷たいものが走る。 あたたかい湯を浴びているはずなのに鳥肌が立つ。 頭からあの光景を振り払うように首を振り、一心不乱に体を洗い続けた。 隆也が指定した一時間より多少遅れて、女将が部屋のドアをノックした。 「お食事をお持ちいたしました」 既にシャワーを浴び終え、着替えも済ませて女将の到着を待っていた隆也は、すぐに女将を部屋の中に入れた。 着物姿の女将のあとから、白い料理服姿の男が二人、料理を乗せたお盆を持って部屋に入ってくる。
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加