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部屋の外からまた誰かがノックをする音がした。
「失礼いたします。
シロを連れにまいりました」
若女将の声でシロは嬉しそうにしっぽを振り、女将が開けたふすまの隙間から出て行った。
「いい犬ですね」
「ええ、シロはもともと捨て犬だったんですけどね」
「そうなんですか?」
女将が悲しげな表情で頷く。
「近くの神社に捨てられているのを拾ってきたものがおりまして。
そのまま家で飼うことになったんです。
行儀のいい犬ですし、お客様にもかわいがっていただいてます」
シロの話をするうちに、隆也は昨日の女将の発言を思い出していた。
「シロがいるところには、あの女は来ないって、言っていましたよね?」
隆也が聞くと、女将が苦笑いを浮かべた。
「ええ、犬や猫は、そのような力を持っていると言われていますから。
それに、シロの声であのお方は姿を消してしまったでしょう?」
「ええ」
「あの方は、犬には手出しできないんです」
「はぁ……」
「もしよろしければ、この話はご朝食をとりながらにいたしませんか?
すぐに用意させることはできますよ」
「じゃ、一時間後にお願いします」
隆也は取り敢えずシャワーを浴び、温かい湯に体をゆだねる。
浴室内に設置してあった小さめの鏡に、自分の上半身が映っていた。
よく見ると、首のあたりにうっすらとあざがついている。
小さくてあまり目立ってはいないが、明らかに指で圧迫された痕だった。
隆也の脳裏にあの女の姿が浮かび上がり、背筋にスッと冷たいものが走る。
あたたかい湯を浴びているはずなのに鳥肌が立つ。
頭からあの光景を振り払うように首を振り、一心不乱に体を洗い続けた。
隆也が指定した一時間より多少遅れて、女将が部屋のドアをノックした。
「お食事をお持ちいたしました」
既にシャワーを浴び終え、着替えも済ませて女将の到着を待っていた隆也は、すぐに女将を部屋の中に入れた。
着物姿の女将のあとから、白い料理服姿の男が二人、料理を乗せたお盆を持って部屋に入ってくる。
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