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「大丈夫だって。
お前はもうちょっと寝てろよ」
ソラはまだ納得がいかない様子ではあったが、ゆっくりと自分の寝床へと戻っていった。
ソラが偉いのは、仕事用の書類や荷物、それから衣類が散乱している中、ちゃんとそれらを飛び越えていくことだ。
昔はよく書類をダメにしたことがあったが、最近は書類に足跡さえついているのを見たことが無い。
ソラが書類を一枚ダメにすることによって、隆也がどれだけの精神力を浪費することになるか分かっているようだ。
犬も気を使うのだろう。
ベッド横にあるサイドテーブルから目覚まし時計を掴み、時間を確かめる。
まだ午前四時だった。
出勤はいつも六時ごろ。
まだ二度寝できそうな時間帯ではあるが、どうも寝られそうにない。
あの夢のせいだ。
毎年、桜が舞う四月ごろになると見る夢がある。
自分が見知らぬ朱色の太鼓橋の上で、竜笛を手に何かを待つ夢。
しかも、現代の話ではない。
時代劇、さらに言えば源氏物語のような風景。
非常に美しく、特別怖い夢ではないのだが、起きた後は必ず全身に冷や汗をかき、目からは涙がこぼれている。
それが、中学時代から続いていた。
まるで自分が本当にそこにいたことがあるかのように、リアルな夢。
そして、毎回あの後ろから肩を叩かれるところで目覚める。
謎が多く、奇妙な夢であり、そしてなぜか深い悲しみに満ちた気分にさせられる。
当然、目覚めは最悪だ。
深くため息をついて、隆也はベッドから抜け出した。
散らばる洋服をかき集め、手いっぱいに持って風呂場の洗濯機に押し込む。
それが終わると、寝室に戻り、クローゼットから新しいタオルと白いワイシャツ、それからグレーのスウェットパンツとパーカーを取り出す。
そして、散乱した書類を踏みつぶさないよう浴室に向かい、シャワーを浴びることにした。
シャワーを高い位置に置き、そこから出るあたたかい湯を浴びる。
あの気味の悪い夢が残したどうしようもないほどの悲しみを洗い流すかのように、勢いよく頭を洗い始めた。
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