プロローグ

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 静寂の中、無明の舞台に円錐形の光が一筋伸びている。 光の内側で立つ白のローブを(まと)ったブロンドの男は、まるで静寂の住人。大きく手を広げ中空を見上げるその姿は、光の粒子との調和を成功させたものの姿。名はグスターヴァス・アスキス。祝福の如き光芒を一身に浴びるその姿は、身も心も白く見えた。  そんなアスキスの白い指が、ついっと光の外へ伸び、一人の女の手を取り引き寄せる。咄嗟のことに少し小走りになった女は、バランスを崩しながら光の中へと入場した。 女は美女というより可憐であった。顔立ちにまだ幼さを少し残していて、アスキスと同じ光の中、彼女もまた白かった。絹糸のように揺れる髪や、無垢な肌艶は透けるよう。 しかし突然のことに薄くひいた紅からは微かに戸惑いの色がにじみ出ていた。  耳元に少しばかり囁いたアスキスは、据え置かれたバロック調の椅子に女を座らせ、観衆に向かって始まりを告げる。 パイプオルガンの圧倒的な音圧が、高波が如く頭上から降り注ぎ、雪崩のような白い霧がいつしか足元一帯を覆い尽くしていた。 光と音と霧で建造された祭壇で、アスキスの右手が女の頭部に添えられる。長い睫毛(まつげ)をそっと閉じた女の姿は、すべてを捧げる殉教者のようであり、あるいは生け贄のようにも思えた。
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