2、桜の島と奇妙な客

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その建物、『鳥類館』は日本海の地図にも乗らない小さな島の上にあった。 その島に名前は無い。 名前が無いということは、一切の利用価値がこの島には無いということだ。 そんな不毛の孤島を買い取って、鳥居彩子博士は『鳥類館』を建てた。 『鳥類館』とは、その名が示すとおり鳥たちのための館だ。 鳥居博士は、長年ある渡り鳥の生態を研究してきた。 しかし、その渡り鳥はある日突然、絶滅してしまった。 そのために、研究対象を失ってしまった博士は、研究所の鳥たちを引き取って、島の館に籠もったのだそうだ。 自分の研究していた対象が永遠に失われてしまった時の鳥居博士の心情は、私には想像できない。 しかし、鳥居博士はその日から一度も島を出た事がないそうだ。 「孤島の屋敷に一人で鳥たちと閉じこもる美人博士。いかにも、何か起こりそうな雰囲気だなぁ」 向かいの席の鼻の大きい顔の男が、そう言ってニヤリと笑った。 先ほどの『鳥類館』の説明は全てこの男の話した内容だ。 私たちは今、鳥居博士の所有する小さなクルーザーで、日本海を渡っていた。 その道中、ずっとこの中年男は頼んでもいないのに私に向かって鳥居博士と館の話を延々と語り続けていたのだ。 この男の名前は、鷲尾隆盛(わしお・りゅうせい)というそうだ。 鷲尾は名前を言うときに、西郷隆盛の隆盛だと何度も言っていた。
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