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まさに鳩ヶ谷が探偵につかみかかろうとした瞬間、
「おい、お前ら甲板にでてみろよ。島が見えてきたぞ」
低い声が響いた。渋いバリトンだ。
顔を上げると背の高い男が立っていた。
背丈は探偵と同じくらいだろう。
しかし、探偵が針金虫なのに対して前の男は筋骨隆々といった体格なので、男の方がずっと大男に見えた。
「凄い眺めだ。見るといい」
大男はデッキへ上がる梯子を示す。
私たちは大男に従うように一人ずつデッキへと上がった。
私は鷲尾の次にデッキへと上がった。
そして、外へと顔を出した瞬間私は思わず息を飲んだ。
船上から見える島の姿はこの世のモノとは思えなかった。
島全体が淡い桃色に燃えていた。
桜だ……。
島の殆どを桜の木が覆っているのだ。
その桜の花びらを、日本海の荒い風が巻き上げて、桜の嵐となって天を舞っていた。
そして舞い上げられた花びらは、やがては海へと落ち海面を真っ赤に染め上げる。
桜、桜、桜、桜……。
私はその光景に目を奪われた。
私を惹き付けたのは、その美しさではない。
恐怖に近い感情だった。
どことなく胸の奥から込み上げてくる異様な恐怖だ。
日本人が桜を見る際に、宴会をするのは桜のもつ狂気に囚われないためだそうだ。
そんな話が頭に過った。
「桜の下には死体が埋まっている、か……」
探偵が静かにそう呟くのが、私の耳に入った。
この桜の島の鳥の館で、私は正気を保っていられる自信がなかった。
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