プロローグ 鳥居博士の手紙

2/2
前へ
/31ページ
次へ
先ほどから、叫び声が聞こえてくる。 それも、一人のものではない。数十、いや数百……。 すごい数の絶叫が繰り返し室内にこだましている。 喧騒、喧騒、喧騒……。 「五月蝿い……」 鳥居彩子(とりい・あやこ)博士は静かに呟いた。 真っ赤なルージュを引いた唇が僅かに動く。 ワイングラスをテーブルに置くと、彼女は音もなく椅子から腰を上げた。 カワセミのような綺麗なエメラルドグリーンの長髪がふわりと舞い上がる。 彼女は声のする方へと歩いて行く。 彼女の長い脚は、床の上を滑るように進む。 まるで大空から獲物を見下ろす猛禽類のように隙のない歩き方だ。 猛禽類、それは彼女鳥居博士の性質を表す言葉でもあった。 博士は、姿も中身も空の狩猟マシーンに相応しい女性だった。 彼女は部屋の奥の扉へと着くと、扉へと手をかけた。 バサバサ、バサバサ 扉を開けた途端に、激しい羽音が聞こえ大量の羽毛が宙を舞った。 彼女は部屋の中へと身を差し入れた。 そこは何とも奇怪な部屋だった。 その部屋は、どこもかしこも檻で囲まれていた。 ハト、チドリ、キヌバネドリ、ブッポウソウ、様々な種類の鳥たちがその中を飛びかっている。 あの叫び声は、鳥たちの鳴き声だったのだ。 「ママー、ママー、オナカスイター」 インコが博士の姿を見て声を上げた。  博士は持っていたクラッカーを檻に向かって投げた。 「静かにしていなさい。ママはお仕事なんだから」 博士はそう言うと、一葉の手紙を取り出した。  そして、一羽のハトの背中へと括り付ける。 クルックー。 ハトは一声上げると、博士の腕から一直線に飛び立った。 ハトは、そのまま開けられた窓を通って空へと向かっていく。 その背中の手紙には、『名探偵、戸井暦玲様へ』と達筆な字で書かれていた。 鳥居博士は、飛び去っていく手紙の姿をずっと目で追っていた。 彼女のエメラルドグリーンの髪が天井からの光を受けて眩しく光った。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加