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リビングではガラスの破片が散乱した部屋の中に、探偵が立ち尽くしていた。
バサバサ、バサバサと耳ざわりな音がする。
何だろう?
音の主は、フローリングの上で興奮したのか羽をしきりに動かしていた。
それは、綺麗な青い羽を持つ賢そうな顔のハトだった。
どうやら、彼が窓を突き破って飛び込んできたようだ。
「オウギバトだ。普通の伝書鳩じゃない。日本にはいない種類だ。学名はGoura victona……。」
探偵はそう呟いた。
そこで私はいつもなら、そんなこと聞いてないんだよ、とか、それより窓ガラス弁償しろよムキーッ、とツッコミを入れるところだ。
しかし、私はツッコミをためらってしまった。
それは、探偵の表情を見てしまったからだ。
探偵は手紙を食い入るように見つめていた。
その顔は私が見たことのないものだった。
あれは、あの瞳の動きは……
恐怖?
もしかして、あの探偵が恐怖の表情を浮かべているのか?
あのどんな不可解な死体を目撃しても、余裕を失わなかった探偵が……。
恐怖、怯え、動揺、萎縮……。
そんなものは、この探偵、戸井暦玲とは全く似付かわしくないモノだった。
「ねぇ、その手紙は誰から?」
私は小さく尋ねた。そんな探偵の姿を見ていたくなかったのだ。
「これは、僕あてのものだ。コトちゃんには関係ないだろう」
探偵はこちらを見ずに言った。
その声は微妙に震えていた。
探偵は手紙を懐にしまうと、そのまま部屋を飛び出していってしまった。
そして、私はガラスの破片の飛び散る部屋に一人残された。
窓ガラスを失った窓から、春の暖かな風が軽く頬を撫でた。
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