愛しく老いる

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.『美味い』この一言しか出なかった。父は得意気な笑みを浮かべる。 小さな幸せなのだろうか。何を残した訳でもない。出世した訳でもない。それでも父親としての存在感のあった人だ。不思議なように感じる。母はそんな父子を見て『お父さんはいいですね。好き勝手なことをしてきても、こうして息子たちが来て、一緒に飲んでくれるのだから』が口癖だ。五十年以上の夫婦の歴史には、波風があって当然だろう。そんな母の皮肉も父にはもう馬耳東風である。父はもう、求めるものが何もないのだろう。それが一番楽であることを知っているのだ。思えば、子どもの頃からそうだった。何も言わない。でも、何年かすると『あの時、父はこう考えていたのだろうか』と思い出させる。男としては、最高の伝え方だろう。僕も父のような男になれればいいのだろうが、少しタイプが違うようだ。でも、見習わなくてはと感じるハニカミの春でした。
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