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ジャケットに腕を通し身支度を済ませると、ソファーに座り俺も煙草に火を点けた。
「やっぱり帰る?」
「ああ。お前だって結婚すんなら、もっと注意しろよ。って言うか、もう終わりだろ」
「うん、だから最後ぐらいゆっくり話でもしようかと思って」
ゆっくり話?
話と言われても、今更特別話す事もないだろ。
今までだって、お互いの事を話したと言えば……。
世の中全ては金だと言って疑わない、里美の徹底した信条と、それに対して高校教師の給料はたかが知れているとアピールし捲くった俺。
それ以上の突っ込んだ話なんてした事ないよな?
……やはり記憶を手繰り寄せても、そんなもの存在しない。
どうせ別れんのに話しても無意味だし、初めから人の事など興味もない。
「今更話す事もないだろ?」
「ふふふ」
吸っていた煙草を灰皿に押し付け、『いいから少し付き合いなさいって』と、笑って答えた里美は、床に落ちていたローブを拾って身に纏うと、俺の向かい側に腰を下ろした。
「結婚する相手。前の男より高学歴で高収入なの」
「そりゃ良かったな。で、お前のお望み通り顔もいいってわけか」
「それが、ぜ~んぜん! 敬介ほどカッコ良い男って言うのはなかなかいないわよ。でもね、なんか放っておけないんだよね」
へぇー、里美がねぇ……。
散々、高学歴・高収入に加え、見た目もいい男じゃなきゃヤダって、口癖のように言ってたのにな。
チラッと様子を見た俺に、本気で怒っていないのが見て分かる、不貞腐れ半分、ふざけ半分の眼つきで里美が睨む。
「何? 私が妥協するのが不思議?」
「そりゃそうだろ」
「まあね。私自身が一番驚いてるし」
そう言うと、今度は何が楽しいんだか目を細め頬を緩ませクスクス笑っている。
こいつって、こんなに色んな表情が出来る奴だったんだ。
長く付き合っていた割には、何も知らなかった初めて見る里美の表情を、ただ客観的に眺めていた。
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