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由里じゃない。
由里が放った言葉じゃねぇ。
由里が言うには可笑しな言葉だ。
背後から聞こえる高い声音と凛とした口調には、聞き覚えがあった。
それも最近。いや……ついさっきだ!
カウンターの端で男と揉めてた……女?
俺はゆっくりと振り返ると、あまりの驚きに立ち上がり、そして、固まった。
「ねぇ、敬介君。その人なの? その人が敬介君の───…」
「そ。だから諦めてくれる?」
固まる俺に代わり、由里に最後まで喋る事も許さずに答える女。
その女を俺は、有り得ないほど目を見開いて見下ろしていた。
「……ホント…なの?」
何度訊ねられても今の俺に由里の言葉は届かない。
いや、違う!
正確に言えば聞こえちゃいるが、そんな事どうでもいい。
この際どうだっていいんだっ!
「本当よ。だから私の男、もう返して貰いたいんだけど」
俺を無視して挑発的に由里に絡む女に、自分を取り戻し声を出そうとした刹那───。
「おまっ……っん!」
首に白く細い腕が素早く回ったかと思うと、瞬時に呑み込まれてしまった俺の言葉。
柔らかい感触に塞がれた俺の唇は、愕くほどに熱を持っていた。
抵抗も出来なかった一瞬の出来事。
振り払わなかったのは、由里の手前もあるが、それより何より、やはり驚きが上回って、冷静な思考をめぐらせずにいたからだ。
首に回した腕を解く事無く、徐々に柔らかい感触だけが離れていく…。
重なり合ってたものが完全に離れると、女は潤んだ瞳で俺の唇を見つめ、それを指でそっと拭った。
そして、由里に気付かれないように、『シーッ』と、声を出さずに口だけ動かすと、小悪魔的な笑みを浮かべて俺を見る。
たった数分の出来事に俺の頭はついて行けず、由里になんて目を向けてる暇もなく、目の前の瞳にだけ、俺の意識はただただ囚われていた。
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