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「じゃ、敬介。私、もう行くね」
ほらな、また呼び捨てだ。
「お前な、呼び捨ては止めろよ」
「えっ? だって、マズイでしょ?」
そこまで言うと、俺の耳に顔を近づけ『ここで先生って呼んでもいいの?』と、含みを持った小さな声で言ってくる。
確かに、そう呼ばれればそれはそれで非常にマズイ!
でも…。
水野が俺を先生と呼んだところで、コイツを17歳の小娘だと信じる奴はどれほどいるだろうか……。
素朴な疑問が浮かび上がる。
どう見ても、今の水野は完璧なまでに綺麗なお姉さん、って感じだ。
俺達を見て、教師と生徒の間柄なんて誰も思わないだろう。
普通の恋人同士と言っても通じると思う。
先程までの、お互いの修羅場を見られてなければの話だが。
だけど俺達は間違いなく教師と生徒で、こんな所にいる生徒を、注意しなくてはならないのが俺の立場。
それが、女と別れるのに一役買ってくれたのが、生徒でもある水野だなんて…。
有り得ねぇ……。
考えれば考えるほど、冷静になればなるほど、最低な状況下にあると気付かされる。
「あのな? 水野…今夜の事だけど───」
「誰にも言わないから安心して。私も今まで築き上げてきた自分のイメージを壊したくないし」
頭の良い奴は回転も速い。
俺の話を全部聞かなくても、その先を見越して答えを出してくれるのは、手間が省けて助かる。
「そうか…」
今日の事を言わない代わりに、俺も水野のイメージを壊さないでいろと、水野の事も誰にも言うなと…そう言う事だよな。
教師として最低だと思いつつ、非常識な約束を守るしかない。
「早く帰りたいんだけど、もう行ってもいい?」
「いいけど、そんな慌ててこれから他で夜遊びするんじゃないだろうな。ちゃんと家に帰れよ」
「教師らしいこと言っちゃって」
俺がいる方とは逆に顔をそむけ、小さな声で言ったつもりらしいが……水野! しっかり聞こえてるぞ。
しかも、自分でも今更だと思うだけに、突っ込みも入れられないじゃねぇかよ!!
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