4715人が本棚に入れています
本棚に追加
「本当に家に帰るの。さっき言ったでしょ?
敬介の恋人のフリをしたのはお礼が半分。残りの半分は、私が早く帰りたかったから。さっさと別れられない敬介の横を、私が素知らぬ振りして通り過ぎたんじゃ気まずいでしょ?
だから、別れるのを手伝ったってわけ」
「……そりゃ悪かったな」
「私、こう見えても具合悪いの。早く帰って寝たいのに、モタモタして別れられないでいるんだもん。見ててイライラしてたのよ。じゃ、そう言う事だから」
モタモタして悪かったな!
こんなくそガキに言われるなんて。
俺のプライドはズタズタだ。
にしても、具合が悪いだと?
全くそんな風には見えないけど。
その口調からも、そんな様子は微塵も見て取れない。
それでも本当だとしたら?
と、僅かに心配する気持ちもあり、水野を見ていた俺の目の前で……。
バックを手に持ち、少し高さのある椅子から降りた瞬間、水野の身体はぐらりと揺れた。
「あぶねっ」
咄嗟に腕が出て水野の身体を支える。
「ありがと。ちょっとふらついただけ。もう大丈夫だから。じゃあね」
体勢を立て直すと、たった今、倒れそうになった奴とは思えないくらい普通の声で話し、支えていた俺の手を振り解いた。
「待てよ。お前本当に具合悪かったんだな」
「だから言ってるじゃない。誰かさんがモタモタしてるから、体調が悪化したのよ」
モタモタを原因にする前に、体調悪いならこんなとこ来るなよ。
説教の一つでも言ってやろうかと思ったが、どうせまた、今更の教師面は嫌がられるに違いない。
水野の顔を探るように見ながら、考えあぐねていた俺だったが、ふとその顔を見てあの感触を思い出す。
そう言えばあの時…。
直に触れ合った唇は、驚くほど熱を持っていなかったか?
瞳だって潤んでたし。もしかしたらコイツ……。
最初のコメントを投稿しよう!