4715人が本棚に入れています
本棚に追加
「一人で歩けるってば……エロ教師」
「聞こえてんぞ」
「聞こえるように言ってるの」
熱があるとは思えない強い口調。
全く可愛げがない。
だけど、それに反して足取りは段々と頼りなくなってきている。
一人で歩けると言うのに、俺から逃れようともしない。
辛ければ辛いって、そう言えばいいものを。
強がんなよ。
水野が離れられないように、倒れてしまわないように、華奢な肩に回していた手の力を少しだけ強めた。
煌びやかな街中で、流しのタクシーを捕まえ二人で乗り込む。
「水野んち何処?」
「……世田谷」
世田谷か…。
強気な声ももう出ないのか、蚊の泣くような声の水野と、偶然にも同じ場所に俺は住んでいる。
「世田谷のどの辺?」
「…近くなったら言うから」
とりあえず、運転手に世田谷方面とだけ告げた。
「それより、親御さん心配してるだろ。俺から電話してやろうか?」
別におかしな事は言っていない。
なのにコイツと来たら、何故か口元を緩ませている。
「何が可笑しいんだよ」
「別に。ただ、敬介らしいなと思っただけ。把握していない所が」
把握? 何の?
水野の言葉が理解できない俺は、頭の中に疑問符ばかりが浮ぶ。
「うちの親、神戸に住んでるの。私は一人暮らし。調査書に書いてあるはずだけど~?」
語尾を延ばし嫌味を含む水野。
その嫌味は甘んじて受けよう。
副担が決まった時に、クラスの全生徒の家庭調査書なるものを渡され目を通した。
目は通したが、完全なる斜め読み。
ペラペラとしか捲っていない俺に、インプットされてる情報は、そう多くない。
でも一人って…。
最初のコメントを投稿しよう!