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準備をするのに一旦部屋を出たが、暫く経って戻ってきても、俺が出て行く前と変わらず動いた形跡もない。
水枕を頭の下に置き、額には冷たいシートを貼り付ける。
首にある動脈にも氷嚢(ひょうのう)を当てると、流石にこれは冷たすぎたのか、子供が嫌がるように首を左右に大きく揺らした。
「少しだけ我慢しろよ?」
反射的に首を動かしただけなのか、目を開ける事も声を出すこともしない水野に、落ち着かせるように頭を撫でやると、再び大人しく眠りについた。
何やってんだろうな、俺。
こんな状況なら、面倒見るのは仕方のない事だと思っても、あまりにも自分には似合わない行動に苦笑する。
「早く良くなれよ」
似合わないついでに優しく一言告げると、撫でていた手を止め、一服する為に立ち上がった。
部屋の電気を消し、代わりにベッドサイドのライトを点ける。
大丈夫だよな……。
もう一度水野に目を向けた時だった。
淡いオレンジの光だけが、ほのかにアイツを照らし出す中で、俺は見つけてしまった。
見つけてしまったそれに吸い寄せられるように、また水野の傍に腰を下ろしてしまう。
固く瞳は閉じられているのに、目尻から流れる一筋の雫。
それを指でそっと掬う。
「辛いのか?」
「………いで…」
ん?
僅かに漏れた声は、何を言っているのか分からない。
「………ないで………いか…ないで…」
油断していたら聞き逃しそうなか細い声。
それでも今度はコイツが何て言ったのか、はっきりと俺の耳にも届いた。
苦しそうに少しだけ顔を歪め、細い指はシーツを弱々しく掴む。
熱でうなされているのか……。
この夜、水野は幾度となくうわ言のように呟いた。
『行かないで』と、何度も何度も……。
そのうわ言に付き合うように、俺はずっと水野の傍から離れる事はなかった。
シーツを握っていた手を外させ、その手を包み込んだ俺は、『大丈夫だ』と、その度に言葉を返しながら、明ける夜を静かに待った。
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