Vol.3 重なる偶然

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準備をするのに一旦部屋を出たが、暫く経って戻ってきても、俺が出て行く前と変わらず動いた形跡もない。 水枕を頭の下に置き、額には冷たいシートを貼り付ける。 首にある動脈にも氷嚢(ひょうのう)を当てると、流石にこれは冷たすぎたのか、子供が嫌がるように首を左右に大きく揺らした。 「少しだけ我慢しろよ?」 反射的に首を動かしただけなのか、目を開ける事も声を出すこともしない水野に、落ち着かせるように頭を撫でやると、再び大人しく眠りについた。 何やってんだろうな、俺。 こんな状況なら、面倒見るのは仕方のない事だと思っても、あまりにも自分には似合わない行動に苦笑する。 「早く良くなれよ」 似合わないついでに優しく一言告げると、撫でていた手を止め、一服する為に立ち上がった。 部屋の電気を消し、代わりにベッドサイドのライトを点ける。 大丈夫だよな……。 もう一度水野に目を向けた時だった。 淡いオレンジの光だけが、ほのかにアイツを照らし出す中で、俺は見つけてしまった。 見つけてしまったそれに吸い寄せられるように、また水野の傍に腰を下ろしてしまう。 固く瞳は閉じられているのに、目尻から流れる一筋の雫。 それを指でそっと掬う。 「辛いのか?」 「………いで…」 ん? 僅かに漏れた声は、何を言っているのか分からない。 「………ないで………いか…ないで…」 油断していたら聞き逃しそうなか細い声。 それでも今度はコイツが何て言ったのか、はっきりと俺の耳にも届いた。 苦しそうに少しだけ顔を歪め、細い指はシーツを弱々しく掴む。 熱でうなされているのか……。 この夜、水野は幾度となくうわ言のように呟いた。 『行かないで』と、何度も何度も……。 そのうわ言に付き合うように、俺はずっと水野の傍から離れる事はなかった。 シーツを握っていた手を外させ、その手を包み込んだ俺は、『大丈夫だ』と、その度に言葉を返しながら、明ける夜を静かに待った。
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