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その生徒は、俺が数学を教えている奴で、名前は柏木比菜乃(かしわぎひなの)と言う。
見た目は、奈央が綺麗なタイプなら、柏木は可愛らしいタイプの女子。
誰からも好かれそうな感じだが、いつも男女数人でつるんでいて、他の奴等が入り難いほど、そのグループは仲が良い。
かと言って、取っ付き難い奴ではない。
寧ろその逆で、一人の時なんかは素直で人懐っこい印象がある。
どっかの誰かさんとはまるで違う柏木に、そんな印象を持ったのは、今年の夏季特別講習の時だった。
俺の授業に参加していた柏木は、授業後、資料室にいる俺の元へとやって来た。
大抵こういう場合、勝手に俺を巻き込んで、告白などしてくる厄介な女子生徒が多いせいか、俺としても警戒したのだが、その必要は全くなかった。
純粋に分からない箇所を訊ねに来ただけだった。
ただ、最後に投げかけられた質問が、俺にとっては解く事が出来ない難問で、内心タジタジだったのを覚えてる。
それは、数学の問題でも、他の教科でも勿論なく、真顔で『人を好きになるのって、どんな感じ?』と、訊ねてきやがった。
照れも恥ずかしげもなく、真剣な顔つきで。
聞く相手を間違えているとも気付きもせずに…。
女子高生が、その思考の半分以上を恋愛に支配されていたとしても可笑しくはない。
もしかしたら、それ以上の割合で、恋愛感情に翻弄されているのも普通なのかもしれない。
「柏木さん……柏木比菜乃…柏木っ!」
きっと、柏木もそうなのだろう。
担任の福島先生が出席を取っているというのに、心ここにあらず。
気持ちは別世界にでもワープしてんのか?
その声はまるで届いていない。
仕方なく柏木の元へと近づき、手にしていたペンでその頭を小突く。
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