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淳也君と歩いたこの道を、もう何度目だろう、足早に通り過ぎた。
この道を通るたびに、胸がきゅっとなってしまうから、いつも回り道をしていたけれど。
今日は卒業式を終え、クラスの皆で打ち上げをしたせいで帰りはもう12時をまわっていたから、仕方ない。
見上げる木の枝先には、かわいい蕾がぽつりぽつりと見える。
「早いなあ。もうすぐ春か。」
少しずつ寒さはやわらいできたものの、まだまだ夜は冷える。
スプリングコートの前を、両手でぎゅっと閉じて、足早にアパートを目指した。
ふいにアパートのエントランスの壁に、誰かが寄りかかって立っている姿が見えた。
シルエットに、胸がどきっと跳ねた。
まるで金縛りにあったように足がぴたりと止まり、動かない。
・・まさか・・ね。
ゆるりと、人影が身体を起こして、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
・・だって、あの朝、なにも言わずにいなくなったし・・。
すこしずつ近付いてくる人影に、全身が波打つように鼓動をうつ。
目頭が急激に熱を帯びてきて、ぽろっと涙が落ちた。
「卒業おめでとう。」
目の前まで来た人影が、するっと頬に流れる涙をすくうと、優しい瞳で、私を見た。
次の瞬間ばっと視界が暗くなり、身体に暖かい感触が広がる。
「仕事と恋愛の両立はできますか?」
頭から降って来る懐かしい、優しい声に、必死に頷く。
「おつ・・お願いします。」
何とか、言葉にして伝える。
ぷっと、吹き出すように笑いながら、淳也君がゆっくりと私の頭を撫でた。
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