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「ねえ、ジョシュア、なぜ春は来てしまうの?」
オリビアが静かにつぶやいた。
「春は全ての始まりだから、」
窓の外を見て言うジョシュアを悲しい笑みでオリビアは見上げた。
緋色の季節がやって来て、風が肌寒くなってきた。毎晩、愛する人のもとにジョシュアは野山の林の奥にある木を駆け登った。ジョシュアは子供のように木をのぼっていくと、茶髪の長いみつあみをした、色白な少女がいた。
二人は幼い頃からこの秘密の場所で会っていた。いつもジョシュアが冒険の物語を語って、それを聞くオリビアは可愛らしい笑顔で笑ったり、驚いたりした。そんな日々が愛しくて、大切だった。
そんなある日、オリビアは月を悲しげに見上げた。ジョシュアが冒険話をしても聞いていなかった。少しすると、オリビアが消えていく声で、
「あなたは私の太陽だは」
「君は僕の太陽だよ」
と、すぐに返したが、涙を流しながら笑う彼女は、深い寂しさに押しつぶされそうに
「私は月ですは」
と、ジョシュアが次の言葉を言う前に幸せそうな微笑みで、
「さようなら」
と言い去っていった。
冷たい冬、黒い海に飲み込まれていく木はジョシュアの心までも凍らせていった。ジョシュアはそれでも待った、オリビアがまた優しい声で名前を呼んでくれる日を。
『ジョシュア、私、猫をひろったの。白くて、黒い牛みたいな模様なのよ、面白いでしょ!』
幼いオリビアを思い出すジョシュアは、彼女の笑顔を思い浮かべながら考えた。彼女はよく咳をしていた、時には青白い顔もしていた。急に心臓が締め付けられる気持ちになった。
「オリビア!」
駆け出すジョシュアは激しく揺れる心を押さえられず、何かを求めるかのように叫んだ。オリビアの家に着くと、明かりがついていた。急いでノックをすると、オリビアのお父さんが出てきた。ひどくやつれた顔だった。
「おじさん?どうしたんですか?オリビアは?」と、今にも泣きそうな顔できいた。
「ジョシュアか、今までありがとう、本当に」
かすれた声でおじさんはどこか諦めたような笑顔を見せた。 それは最後のオリビアの笑顔とどこか似ていた。ゆっくり閉じていくドアの向こうに、泣き崩れるおばさんがいた。ジョシュアの目には暖かいなにかが込み上げてきて、音もなく頬を流れていった。
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