独白

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 今更後悔しても遅いのは分かってる。戻れるものなら戻りたい。皆で笑い合って、時には喧嘩して泣いて、ありふれた、でも手放せないかけがえの無いあの心安らいだ日々に。  だがあの日を境に、今まで築き上げてきたものが全て虚像である事を思い知らされた。この手の上には、包み込むものは何も乗っていなかったのだ。  正直、もう嫌だった。背負ってしまったものが重すぎて、体は限界を迎えていた。まともに寝る事も食事を摂る事も叶わなくなっていた。体は細り、指先が小刻みに震える日も少なくない。  だが驚く事に、心は穏やかだ。零れる涙とともに今までの感情が流れたように、澄み切った空のように晴れ渡っている。  絶望を味わっても、後悔はしていない。それだけが救いだ。  ぼんやりと夢想に耽っていると、どこからか悲鳴が響いてきた。  恐らく本来あるべき〝死〟が回帰した事で、既に終焉を迎えていた生命体が朽ち始めたのだろう。そして、まだ命が畢りを迎えていない生命体が〝死〟を目の当たりにしてパニック状態に陥ったのだ。  当然だ。彼らは『命が畢る』場面に立ち会った事が無いのだから。  一つ、また一つと悲鳴が劈き、外が地獄絵図になりつつある事が容易に知れた。  ふ、と何故か笑いが込み上げてきた。  不謹慎だとは分かっていても、笑いが収まる気配が無い。寧ろずっと笑っていたいとさえ思った。  僕はこれからずっと、この作業を行わなければならないのだ。笑う事もいずれ忘れてしまうだろうから、せめて今だけでも。  朽ち逝くモノ達からは感謝を、まだ畢生を残すモノ達からは怨恨を向けられながら、僕は〝死〟を撒き散らそう。  ────総ての生命の為に。  一度瓦解してしまった世界の均衡を正す為に────友達でいてくれた皆の為に、僕は世界を〝死〟に誘(いざな)おう。  それだけが、僕の存在理由。  感情を発散させていたら、横たわる骨の腕が赤い海に軽い水音を立てて落ちた。  昂ぶりが落ち着き始めたのを見計らい、きっと巧く繕えていないだろう笑顔を浮かべて、茶色掛かった彼女の手を握り返す為に手を差し出した。  例え後にどんな悲劇に直面しようとも、僕は歩みを止めない。  それが、僕の宿命だから────
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