見知らぬ地

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その姿からは先ほどまで色々な表情を見せていた少女の面影はなく、実に凛としたものだった 「あの…新城様?」 瑠璃を見詰め、そのまま呆けている大和が気になったのか、瑠璃は大和の名前を呼びながら小さく首を傾げ、上目遣いで大和を見た 大和はすぐに我に返り、右手で自分の口元を隠すと、瑠璃から視線を逸らした 「?」 「あ、すみません。なんでもないです。 それにしても瑠璃…ですか… いいお名前ですね」 「あ、ありがとうございます…」 なにかをごまかした大和の素の言葉に、瑠璃は照れたようにお礼を言う そこで何故かお互い何も喋らず、見詰め合ったまま微動だもしなくなった 二人の間に何か甘酸っぱい空気が満ちた その時、 ぐいっ 「え?」 突然袴の裾を引っ張られ、驚いた大和がそこへ視線を向けると、どこかふて腐れた様子の小鹿がいた どうやら長い間相手にされてもらえなかったのが寂しかったようだ 「あぁ、ごめんね」 それにいち早く気付いた大和は、再び甘味処の前にある椅子へ腰掛けると、小鹿の頭を撫でてやる その傍に、瑠璃もしゃがみこんだ 「この子可愛いですねぇ、どうしたんですか?」 「いえ、罠に掛かったり、崖から落ちそうになっていたところを助けたりしたら、このようになついてしまったんです。 今は一緒にいる友達のようなものですね」 小鹿は大和が理解できるかのように、嬉しそうに手を舐め始めた この行動に、大和は満更でもなさそうだ 「ふふ。 それじゃあまだ名前はないんですか?」 「え、あ…そうなりますね」 「でしたら今付けてあげたらどうですか?」 「え?」 何故か微妙な表情になる大和 「拙者なんかが付けていいのでしょうか?」 その理由はただ単に悩んでいるからだった しかし何故そんなことで悩んでいるのか、全く検討のつかない瑠璃は首を傾げる それが見えた大和は、嘲笑するような笑みを浮かべると、ポツリポツリと喋り始める 「拙者はこの子を助けただけ… この子の親ではない拙者が名前などという大切なものを付けてよいものかと…」 小鹿のことを話しているはずなのに、どこか遠い場所を見ているような大和の雰囲気に、瑠璃は息を呑んだ
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