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私は『かつ』という。 日当たりの良い長屋に住む、万年病に悩まされているしがない小説家だ。 かつ、という名が本名かどうか、私は知らない。ただ周囲が『かつ』と呼ぶので『はい』と答えるだけだ。もしかすると雅号かも知れぬが、かつという名前で本を出した記憶は無い。 私は女に事欠かぬ。 毎日だれそれかが家に来て、勝手に飯を作り、掃除をし、繕い物をして、そして帰ってゆく。一体いつどこで会ったかとんと記憶がないが、私が声をかけたのだろう。私は私の欠けた何かを埋めるために人に寄り添う。人は拒絶をする事なく私を甘やかし、私は毎日のように人に甘える。 私は長患いをしている。 一体、いつどこで病んだのかは分からぬが、今では薬湯を毎日舐める日々だ。酒は当然飲めぬ。そもそも薬湯の金で烏金が消える。酒が薬と豪語する者もいるが、所詮は戯言。酒で病が治るなら、私の病はとっくに治っている。 毎日苦い薬湯を飲みつつ、筆を走らせるのが私の日課だ。 理由は特に無い。 そもそも作家になったのは、体を動かさなくて良いという利点があったからに過ぎない。幸いにも文才には恵まれていたので、食い扶持に困る事は無かった。もっとも本当に困った時は、女が工面してくれる。女は良い。言葉をいくつか与えるだけで、せっせと働いてくれる。これが男なら、阿保だの馬鹿などと言って、拳固の一つでも貰うかも知れない。とにかく、生活には困っていなかった。
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