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――春が来た。
冬には古びて毛が硬くなった歯ブラシで全身をこすられるような痛みを伴う寒さに見舞われるここ、フィオーレの地も、春が来ればその刺々しさはどこへやら。空気は柔らか味を帯び、春特有の麗らかな日差しが雲の織り目を縫って、地上をぼんやりと照らしていた。
今日の未明まで降り続いていた穏やかな雨――蚕の繭を紡ぎ、細かく千切って撒いたかのように細く柔らかい雨は草木を濡らし、水滴が陽光を撥ね返してキラキラと輝き、小さな村を下から照らしている。
見上げるだけで自然と笑みがこぼれそうになる雨上がりの空。綿を手で千切って浮かべたみたいな白い雲。時にその雲の裏へと隠れ、時に薄雲の綿織物越しに朧月ならぬ朧太陽となりながらも、その合間から夏のそれのように無駄な自己主張するでもなく穏やかに――海が生命の母ならば、この太陽は生命の祖母に違いないと思わせるほど穏やかに――そそぐ日差しに、虫や鳥、それに草木までもが微睡み、あるいはぐぐっと伸びをしているように見えてしまうのは、見ている人間の心地が反映されているからなのであろう。
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