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服装の、真紅のローブに何の飾り気も無い黒のドレスは、コルセットをはめていないようだった。
声の所為だったかもしれなかった。
はっきりとしわがれたその声は、確かに老人のものであるのに、どこか透明な無邪気さを帯びていて、不思議と耳にまとわりついてきた。
十年後でも、二十年後でも、自分が忘れていたって、再び聞いたら瞬時に思い出す。
そんな声だった。
「お婆さん、誰?」
「坊や、人形劇に、興味は無いかい?」
「どこの家の人?」
「とりあえず、そこに座りな」
噛み合わない会話。
普段なら、多少なりとも苛つく空気が、気にならない。
僕は素直に、お婆さんの丁度目の前に座った。
お婆さんは、横にあった重そうな箱をいとも簡単に持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。
観音開きの蓋の中に、一つの風景が描かれている。
お城の中だった。
見慣れた、お城の内壁だ。
そこに、一体の人形が降りてきた。
フェルトみたいなデフォルメされた人形じゃなくて、セルロイド製の人に近い人形だった。
髪と右瞳が銀色で、左瞳が翠色。
今日の兄様のような、正装をしている。
見開かれた瞳と、僕の瞳がかち合う。
「これ……僕?」
「いいや、人形さ。何せ、これは人形劇だからね」
そうか、と思った。
これは人形劇で、僕は観客。
その人形と僕には、何の関わりも無い。
「これは人形劇。愚かで、哀れで、心底阿呆な、人形のお話」
見入った。
一瞬にして、お婆さんの声と精巧な人形に紡がれる物語に、のめり込んだ。
お婆さんの歌と人形の動きからなっていて、ごく短いものだったらしい人形劇は、僕には、一瞬だったようにも、永遠だったようにも感じられた。
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